日頃、海での出来事などを書きたいと思います。
(何かあった出来事等、不定期的な日記ですのでご了承ください)


2005/10/28(金)

10月25日から28日の3日間、昆布の口開けでした。

この期間は、禁止されている箱メガネでの見回しが許可されるので

アワビ漁前なので、今日は沖漁は休み見回しをしました。

朝5時30分が出漁時間なので、少し遅れて見回しに行った。

ウニ漁以来の、サッパ船の運転そして船外機がかかるかどうか

不安だったけど、調子もそんなに悪くなくかかり

外海の重茂半島に向った。

凪良く、かっとばして漁場に到着をし、海底を調査をした。

まったくもってに近いくらいアワビが見当たらず、

1個いたら終わりで、周囲にもどこにも見当たらない。

全然いない漁場もかなりあり、昨年よりかなり悪かった。

昆布採りをしている、重茂の漁師と話をすると

重茂もいなくてダメとのことだった。

本当に、アワビが皆無に近いくらい見当たらずショックだった。

タコが今年は見当たらず、アワビも上がってこないのもある。

例年だと、見回しをしているとマダコが岩にくっ付いているのだけど

今年は、マダコを見ない。マダコが深い海底からアワビを追い回し

浅い方に追いやってくれるんだけど、今年はそのようなのがない。

かごにもマダコが入らない。

水温が高いこともあるのだろうか。相変わらず、すごく大きいエチゼンクラゲが

水深5メートルの付近を泳いでいた。

11月のアワビ漁は、漁獲が著しく低いと予想する。

箱メガネでの見回し 昆布1 昆布2 昆布口開け1 口開け2


 



2005/10/27(木)

昨日は、ドンコがあまり獲れず変わりにイシダコが獲れた。

それも大クラス。あまり獲れないのが獲れたので、漁があった。

ミズダコの大も獲れ、水が変わった。

今日は、イシダコ・ミズダコが獲れずヨゴダで3個。

その変わり、重茂半島沖でドンコ漁をしたので

ドンコがいつもより多くてかなり良かった。

箱詰め作業で忙しかった。

フグロカツカ、ノドクロ、ドンコ、マタラ、ギス、ナメタ、アイナメも捕獲、

水揚げできるのは水揚げ用にした。

そしてスルメイカも捕獲し生簀に入れた。

そしたら、共食いして体がカジラレテ身がなくなっていた。

活かすのも良し悪しで、イカは共食いするのでボロボロとなる。

かえって氷詰めにした方がいい。

生きていたのをすぐ食べるのが新鮮だと思うけど

実は、氷に漬けて又は乗せてから数十分後に食べると

身に甘味があふれ出し、締りがでて最高に美味い。

帰港の際、むすびのスンナにした。

でも、ちゃんと処理しないとアニキサスが寄生したまま胃袋

に入ると病院行きです。酢に入れても生きています。

死にません。ぶっつびれば死にます。後、お湯かければ。

他、スンナも持ち帰った。

一昨日から、メノゴの口開け。3日間だけ。

箱メガネで覗いていい許可なので、明日はアワビの見回しをすることに。

今日のスンナ ノドクロ1 ノドクロ2


2005/10/25(火)

3日浜休み。ボンデンが折れて壊れていることかと

思い、船に積み込んでから沖に向かった。

湾内は、凪良く外海に出て沖に向かっていくうちに

波も高くなり風も強くなった。

ライトを海に向けて照らしながら、ボンデンを探したが見つからない。

真っ暗なので中々見つからない。そうこうしている内に20分経った。

ポイント付近をくまなく探したけど見つからなかったので

北ボンデンまで走り、北上げをした。

逆から上げるので、上げにくいしかごがかっこまってくる。

変形したりと直しながら餌を付け重ねてかごを巻き上げた。

まったくもって漁がない。魚も全然獲れず、空をくらった。

南まで巻き上げ、ボンデンごとぶち切られたのをユツケて

新しいのにカツケた。

北に走り、道具を海に入れる作業をしいれ終えた後

次のポイントに向った。

上げる道具も北ボンデンが折れて海面にたなびいており

全部上げて、ボンデンを付けてやり直した。

漁がない。イシダコのピンを2匹だけ獲っただけ。

同業船に連絡してみると、どっこも漁がなくて獲れないとのこと。

水が変わったようだ。

さらに南に走りボンデンを見て、無い道具を上げることにした。

南に走っていくと、潮が速く発泡が沈没しそうでボンデンが横に

なびいていた。朝方より、潮が速くなった。

潮が速いと良いことはない。魚も獲れなくなる。

すると、ごうけつ漁師から無線がきた。

『ヘラさ、何かぶつかって船がガタガタ揺れんがぁ、ガキって音がしたぁ』

「なにぃしたぁのんすえ?」

そう聞いた。

『ヘラがぶっかげだぁみってぇだぁ。マストとブリッジの戸が

揺れまくって船がケッツ振んがや。だめだ。帰っけぇ。造船場にあげで

修理すっぺぇが。』

「それは、ざっつぁますだぁすね。気をつけて帰ってくだせぇよ」

『わがった。数日、休むっけぇにまだ出だらばよろしぐ』

そう無線で連絡が入り、北オカを見るとごうけつ漁師の船がいた。

ゆっくり帰港して行くのが見えた。

ヘラとは、スクリュウのこと。

スクリュウが掛けたり、壊れたりすると走る時に船に異常が

感じられて非常にガタガタ揺れておもうように走れないので

漁をすることはおおよその割合でできない。

車のタイヤに異常ができたような感じだろうか。

片側の空気が無くなってしまった状態に近い。

スクリュウが掛けるのとかはまだいいほうで、網やロープが

絡まったりしたら最高に危険で、救助要請が必要となり

次の日の新聞に載ります。

同業船もヘラにかご道具のロープが絡まって身動きできなくて

保安庁・県警が救助にきて新聞に載ってしまったことが

過去あった。海面付近には、何が流れているか怖いものがある。

自船も気をつけながら、漁をした。10時過ぎになったら

物凄い南西の風が吹き降ろしてきて海が瞬く間に変わり

大波しぶきで大荒れとなった。毛がに漁のようなあの海状況になり

操業すること自体できなくなったので、帰港することにした。

突風と波で船上シャワーで板子が捲れあがって散乱しまくった。

シャレにならない海状況で、帰るのにもゆっくり走らせて帰港した。




 



2005/10/23(日)

22日から発達した低気圧が日本列島を覆い

海はすごい時化となったので、浜休み。

低気圧2つが隣り合っていて、結構なもので

昨夜からの大雨と風で海上は大荒れした。

朝方、台風のように風雨がすごく吹きつけ雨で

船のアンカーが曳けてしまって、岸壁に船が衝突しそうになって

いたのを父が見張っていたおかげで、対処することができた。

トラックに乗りながら岸壁でずっと船を見ていたらしく

突風でまたたくまに、船が持っていかれて張っていたアンカー綱が緩み

アンカーが曳けて船が斜め横になって船尾の端っこ辺りが

波のうねりとともに岸壁にのし上げそうになったとのこと。

電話が来たので、家から船に向った。

横殴りの風雨で、岸壁にいると体が持っていかれカッパがバタバタと

なびいた。船もうねり波で移動を繰り返してあゆみを引っ張って

船に乗ろうとしてもあゆみが斜めになって滑って移動するので

中々乗ることができず、波が引いたところを狙って四つんばいになって

船に乗った。雨で木が濡れると、ヌルヌルして足元がすごく危ない。

海に落ちないようにして船に乗り込み、エンジンをかけて

船首のアンカーをゆつけているのを、波で緩んだのを見計らって

2人で引っ張りゴーヘーさせながら船を立てた。

ぺんずりを船尾にいっぱい吊るし、衝突しても壊れないようにし

エンジンをきって、船から上がった。

午前中は結構凄かった。

夕方前には雨があがったが、空を見ると雲の流れが速く

三陸沖は風が吹き降ろして大荒れだということが分かった。

明日も、浜休み。

おそらく、風でボンデンが折れて壊れていると思うので

明日は倉庫でボンデン作り作業をする。


 


2005/10/21(金)

2日ぶりに漁に出た。

今日も寒く、たこぼっつをかぶりカッパ上下を着て漁をすること

にし沖についてから1本目の道具を上げた。

夜が明けるのが遅くなり、4時でも暗く作業灯を点けて

海面に向けて照らし、かごを巻き上げた。

いつも通りの毛ツブが多く入ってきて、餌も分解され

かごを上げていっても毛ツブだらけでイシダコが獲れない。

連続巻き上げても何にも入っておらず、空をくらった。

漁なし。餌を付けたかごをまた入れ次のポイントに向って走った。

台風後で海が悪いと思ったけど、案外良くちょこっとうねりが高いくらい

だった。ライシンも取ることもなくかごを重ね漁をしていくと

やはり漁がない。いつものようにイシダコが獲れない。

沖合いからオカに向った。イシダコがダメなので、どんこを狙うことにし

ドンコ漁を始めた。オカでも水深150メートルはある。

そこの根を狙ったかごを上げると、どんこがどんどん獲れ始め

ヨゴダを交換しそしてどんこを箱詰めにした。

イシダコは当てにならなかったけど、オカを上げていると

ちょこっとずつ獲れ始めた。

きたしおが速く潮が北に向っていたので、いつもより逆となって

漁がしづらくかごがかっこまる。

きたしおなので、南下してくるエチゼンクラゲも北にまた流れるので

北の海はまた被害を受けるんじゃないかと思いながら

漁をした。ましおになれば、またエチゼンクラゲが南下してくる。

どんこを箱詰めし帰港した。

今日は、どんこ漁となった。寒くなったので、浜値も高くなり

どんこ様様。昔は、外道とよばれていたけど

今は、逆になっていて鮭よりは高い。

海底の物体が引っ掛かってきた。珍しいものではないけど

かご漁をしていれば、いつも海底物ぐづら獲る。

今日はこのようなの手にしました

明日は、非常に気象が悪い。

日本列島に低気圧2つがはりめぐらさっており、浜にでれるかどうか。

おそらく、休漁かなと。起きてみてから決めようと思う。



 


2005/10/20(木)

15日・16日と漁に出て、17日は海状況が悪く浜休み。

台風が接近していたので18日は漁に出て、19日・20日は

台風休み。今日も海が悪く、トロールも休漁した。

漁協の定置網には、たくさんのエチゼンクラゲが入っていて

凄いらしい。今後、日数が経てばもっと多くのエチゼンクラゲが

三陸に来ると予想される。かご商売もそろそろ切り上げ作業に入り

鮭漁に。でも、重油高騰で前の日から出てエンジンかけて

海の上で待ち、次の日の操業時間4時から開始となると

漁がない場合は、何にもならず赤字になるので

鮭漁は遅く始める事にしようと思っている。

浮き縄は、例年11月10日くらいから鮭が釣れ始めるので

それ以降少し遅れて形勢を見て漁をすることに。


 



2005/10/14(金)

気象が悪く南風がかなり強かったのもあり

休漁し倉庫でかご修理をすることにした。

一昨日の修理かごが船にあったので、船に行ってかごを倉庫に

持ってきて修理。今日は天気が良くてちょこっと暖かい。

重症なかごは後回しにし、網目が破けた簡単なのから

修理をしていった。金具も錆びて根元付近からぽっきりと

壊れてしまったので、マギリで綱を切ってかごから外して

新しいのをつけアバリでキショッタ。

3年くらい使うともうかごもボロがでてきて修理が多くなる。

海底に沈んでいる時は、錆びたりしないけど切り上げで

オカに上げ積んで保管するとたちまち錆びてそして鉄が

ボロボロとなって壊れる。海底に仕掛けてある時でも

根や海底のメノゴに絡まったりして、かごが変形してきたり

壊れてきたりして修理をするのが、かなりでる。

漁が終わってから帰港後、水揚げしてからこの修理作業が

手間と時間がかかる。軽く1時間は船で修理し

夏は炎天下で、冬は寒く風吹きがあるので体にこたえる。

重症すぎるのは、かご商売を切り上げてからやることに。


今回のかごはこんな感じです。かご1かご2かご3

マギリ アバリ とはこんな漁具です。

倉庫前   いつものカモシカ



2005/10/13(木)

今日は、体の調子が悪く休漁です。


2005/10/12(水)

昨日に続き、今日も時化て沖はシャレにならない風波。

自船でも結構きつく揺れに揺れた。

朝方までは、とにかく風波が強くて体に海水が飛んでくる。

カッパを着ていたのでまずいいんだけど、父はヤッケだったので

ヤッケから海水が浸入して中が濡れてひゃっけぇと言っていた。

夜が開けた。作業灯を消して漁を再開しかごを巻き上げた。

昨日より漁がない。70かご上げてドンコが9匹、イシダコ5匹で

なんにもならず餌を付けてまた仕掛けた。

南に移動し上げたけど、まったく漁がなく山田以南の船の無線でも

「なんにもこねぇなぁ」とのことだった。

ごせがやげで帰港する船があるなか、自船はとりあえずは

上げて漁が出るかにした。が、相変わらず漁がない。

9時過ぎになり太陽も上り気温も上がってきて暑くなってきたので

カッパの上を脱いだ。脱いでいる間、油圧機械はストップし父は水を飲んで

船を支えていた。腕抜きを付けて船首の作業場に向った。

漁を再開し、船をゴーヘーさせた。北方向にタンカー船が南下してくるのが

見え次第に近づいてきた。かごを巻き上げていくと、大型タンカー船が

こちらに向ってくる。右か左に進路を変えると思っているとそうもしない。

こちらは、かごを海底から巻き上げているので、船がロックオンされた

状態で逃げることもできない。なんか、おかしいなぁと思いながら

漁をしていくと、それがだんだん近づいてきた。

「おい、なんだぁや。タンカーがこっちに来んがや!」

父が大きく叫びブリッジに入って、警笛をならした。

大型タンカーがこっちに突っ込んでくる!


さらに警笛をならしたがタンカー船は進路も変えずこちらに向ってきた。

「なんだぁや!寝ったぁんじゃねぇが!おい、無線でわめげ」

1ワット無線をかけているはずなので、警笛をならしながら

騒いだ。タンカー船が自船の船首の300メートルくらいまで速いスピードで

突進してきた。

「ぶつかる!!!かごロープを出刃で切れ!」

そう言われ、ブリッジ下の出刃さや目から出刃を取り出し

ラインホーラから海底に繋がっているロープを切ったぐった。

「バチン、ガガガァアアーー」勢いよくロープがぶち切れ

突進してくる大型タンカーを見る余裕もなく父が船を全速で

右舷に回しホウスビをした。ゴオゴオゴオゴー急激な全速力で

Gがかかり左舷甲板船尾に体ごと吹っ飛んだ。

ブォォォォォーエンジンが最速になり黒煙を上げて船が右に回ったが

なんと、大型タンカーが左に舵を切ったので僚船同じ方向に船首が

向き合った。「ぶつかるーーーーバガタレ」父がそう叫び

また左に舵を切り半回転させたと同時に反対側に体が吹っ飛んだ。

「あぁりえぇ」右舷の甲板にぶち当たって転んでしまって動作ができない。

父が叫びながら舵を切っているのが聞こえただけで自分は身動きができない。

転んでやや起き上がって四つんばいになった状態で甲板から海上を覗くと

大型タンカーせんが右舷の横を通過していった。

近くで見るとでっけぇ。船長はなにやってんだぁと頭にきた。

そしたら、大型タンカー船の通過波が自船に向ってきて右舷甲板から

大波が飛んできた!「ザッァッパーン」船上に波が入ってきてその波で

船が揺れて倒れそうになり船上に入ってきた海水で全身が濡れた。

転覆寸前だったが父がどうにかこうにか船を支えたお陰で助かった。

「なんだぁ。船長は。なにやってんだぁ!」

父がキレた。居眠り運転されて船を追突させられるとこだった。

警笛を鳴らしてようやく起きて気づかれてからの舵切りでまた

事故になりそうだった。タンカー船の見張りは見ていたのかと

非常に頭にきた。追突されたら、死んでいた。おそらく、ニュースで

流れるだろう。タンカー船はなんのこともなく南下していった。

南の船に危険なタンカー船が南下したから追突されるのを気をつける

ようにと無線で連絡をした。

船上は舵切りで道具が散乱したのと、海水が入り込みぐっちゃぐっちゃに

なっていてそれを片付けるので時間がかかり海底に沈没した

道具をシマル引きしないといけなくなり、ざっつぁますだ。

この広い海で衝突。ありえないと思うだろうけど夜電灯を灯せば虫が

集まってくるように、船も船になにかしら近づいてくるなにかが海上ではある。

こんなに広い海なのに・・・。

今日は、あやうく命を落とすとこだった。



 



2005/10/11(火)

今日も時化。沖に出る前に帰港しようと思いながら

ゆっくり走ってみると沖は意外と凪が良かった。

オカが時化ていた。ごうけつ漁師が帰港すると言ったので

沖に出てこいと父が無線で言って呼び出した。

同業船で帰港するのがあり結構時化ていた。

昨日より、漁が切れて獲れなくなり道具を上げてもイシダコ・ミズダコが

かごに入っておらずドンコを獲って箱詰めにした。

あまりパッとせず息が切れ始めたので体の具合もあり帰港した。

魚市場に水揚げしに行くと、まったく水揚げされていない

状態で魚がほとんどなくドンコやカレイ、ハゼだけが少し水揚げ

されていた。時化で船が休んだのもあるけど漁が切れて

獲れなくなったのもあると思った。


 



2005/10/10(月)

今日は、シマル引きはせず通常通り漁をした。

金曜日から休んでいたので、ボンデンが切られてない

道具を探しそれだけを上げた。

前から、南から巻き網船が北上していて

ボンデンぐずら切られて海底に沈没。他の船もそうだった。

南海域で、サバが獲れたらしく300トンの船に150トンサバを積み

北上し八戸に水揚げしに向った情報を聞いた。

宮古には絶対に揚げない。安く買われることを知っていて

高い八戸に船が行く。他の魚もそうで、釜石や大船渡・

久慈などいい魚は他にいってしまうのである。

宮古が高ければいいのだが、そうならないので他に行って水揚げされる。

凪が良かったけど、次第に悪くなり船が揺れに揺れて

積んでいるかごが崩れそうになったので、ライシンをかけた。

山田口から重茂では、大のイシダゴが獲れて漁があった。

他は、それ程でもなく小やピンが多かった。

時間まで漁をして帰港した。

セリにギリギリ間に合い、水揚げをし魚が揚がっているか

見て回ると、ドンコやツブぐらいしかなく漁がなかったようだった。

そろそろ、かごのきりあげ作業に入る時期になってきたので

11月前くらいには、おおよそ全部上げて鮭延縄漁の

準備をする予定だ。


 



2005/10/9(日)

シマル引きをする為に、浜に出ることになり

朝方起きて船に向った。

朝の3時前、アンカーを巻いているとどっかから救急車のサイレンの

音が聞こえてきた。国道45号線の中里団地を通過中だと思い

すこし寝ぼけながらアンカー綱を巻いていると、音が近づいてきた。

港内の真ん中付近に船が流れ漁協の方を見たら

魚市場の方に救急車が入ってきた。

なにごとだ!と思い、父に救急車が来たというと

のけぞって魚市場前をみながら、

「あれだぁべ、アル中になってきたんだぁべ。

すっかり、かっくらっだぁんだぁな。」

あーーー、今時期の飲みの急性かと思い救急車を見ていると

魚市場の岸壁を通過してデサキの先っぽにゆっくり向っていった。

大型サンマ船が電気を灯して係留していて、そこに止まった。

こっちは、アンカー綱を巻き上げスローで赤灯台まで走り

救急車が止まっていた船の近くに来てみていると、

夜釣りできた人がたまげでいた。

酔っ払って、船から落ちて死ぬというのがあり

岸壁から船の間に落ちて湾内でドザエモンとなって

発見されることが前あった。

酒の飲みすぎには気をつけないとと思い沖に向かった。

が、閉伊崎を越えたら北波風が強すぎて

ユーターン。帰港した。シャレにならない海状況で

毛がに漁の時の海だった。

湾内に入ると、凪良しで世界が違った。

せっかく早く起きたのに、戻ってくるハメになるとは、

はじめから休んで寝ていれば良かったと思った。

明日は、祝日ですが魚市場は通常通り開くので漁に出る。


 



2005/10/8(土)

前線が日本大陸を覆っていて、気象が悪かったので

浜になるかなと思い2時過ぎに起きてみた。

外に出ると、南風が強く陸でこんなだと沖は

相当吹いていることが分かった。

南をてぇぺぇくらうことは歴然で、浜に出ても閉伊崎から

外海に出ればユーターンしてくるなら出ない方がいいので

休むことにした。今日は、浜休み。

昨年の、鮭延縄のテグスほぐぅすをすることにし

須賀の倉庫で17時までオカ仕事をした。

沈没している道具をシマル引きしないといけないので

日曜日でも出漁し道具引っ掛けと片浮きだけになっているのを

上げて両方にボンデンをつけてやり直し作業することにした。

平日にこのような作業をすると、漁をするんじゃなくて

道具の回収作業をするようなもので

魚を獲ることができないので、魚市場が休みの日曜日に

やる羽目になる。これからの季節は、日曜日・祝日も関係なく

仕事となり休み無しとなる。


 



2005/10/6(木)

沈没している道具をシマル引きする為に沖に向かった。

今日はいつもよりやけに寒く、たこぼうしをかぶり漁をすることにした。

シマル引きは後にし、とりあえずは道具があるのを上げて

水揚げを確保しようとし4本ぶりまで上げた。

沖合いは、水が変わったのか久しぶりにマタラを捕獲した。

それまで全然獲れなかったのに今日は違う。

ギスやドンコ、スウコも捕獲し発泡に詰め方作業をした。

寒くなったので、ドンコの値段が上がりそしてタコが水揚げが少ないのか

ドンコ同様浜値が上がり漁をするのにも頑張りがでる。

タコは大きいのは入らず、小さめが多い。

水揚げ量を確保し、シマル引きに入った。

今日も潮がなく、引っ張るにも一発でかかり道具を巻き

全部上げた。かごに汚れがあったのでサンスイで洗い

またかごを入れる作業をし帰港した。

タコ・ドンコの漁が上向き傾向になってきている感じがする。

水が変わったのもあると思う。

明日は、病院なので休漁します。

今日のスンナ


 


2005/10/5(水)

朝方出漁するために船に向った。

3時前には、大型サンマ船が宮古港内の岸壁に6隻くらい

係留しながらエンジンをかけていた。この時期になると

船のエンジン音で港内〜須賀はうるさくなり、窓を閉切っても

重低音の振動音が家の中まで入ってきて眠れないことがあり、

うちのカミさんも、この浜どこに住むようになりこの秋時期の

船のエンジン音が夜中から朝方まで鳴り響くのにうるさくて

中々眠れず気が滅入っていたことがあった。

でも、数年経ったらあまり気にならなくなったようで要は慣れなのかと。

サンマ船を見ながら、船を出し沖合いに向った。

重茂半島を南下し山田前沖まできた。

本州最東端のトドガ崎灯台のオカから少し沖は、頻繁に船が通過するので

船にボンデンを切られる。本州で出っ張っている場所なので

船も操舵でこの地点を通るので、大型タンカーやフェリー・貨物船

豪華客船などなど数百トン〜万トン級の船が浅い所を通過するので

いつもよくこんな浅瀬を通るのかと危なくないのかなと

思いながら漁をしています。

トドガ崎灯台オカ沖で漁をしていると、大型客船が突っ込んできたことがあり

危うく船を突かれそうなことがありヒヤヒヤした経験があり

と結構危険な海区でもある。

今日は凪が良かったので、沈没した道具をシマル引きをすることにし

引っ掛けるのとそれを上げてそして道具を入れる作業をしたら

1本あげるのに5時間かかり水揚げがあまりなかった。

漁をしないようなものでざっつぁますだった。

12時過ぎになり帰港した。

明日も、シマル引きをする予定。


 


2005/10/4(火)

朝方起きて、漁に行く準備をしていてふと思い出した。

今日は、病院で検査だったということを。

漁師のような仕事をした後に病院にいって検査となると

仕事中の風当たりなどで体にいろいろと起こるので

休むことにした。父親も漁から帰って、内科で検査したことがあり

その時にも異常値がでたので、そのことを知ってたので

急遽休むことになった。須賀の倉庫で、延縄のテグス取りを

することにし、これだったら負荷もかからず座って手だけ動かせばいい

ので時間までやることにした。

今日は、雨降りで寒い。宮古港内にはサンマ船がほんの少しだけ入って

まったく活気が無い。サンマも安くて1キロ100円もしないそうで

全然儲けもないそうである。1回入港すれば、そのまま48時間休漁していて

休まなければさらに安くなるそうで元気がまったく無い。

安く買われるのもあるけど、重油の高騰もあり油てぇすであまり稼がない

ほうがいいという話も聞いた。

先週末は、船舶電気屋の社長と合いいろいろ話をした。

「サンマ船が入ったぁから、玉(電球)の取替えで忙しいんでないっすか?」

そう聞くと、『今年はだめだぁね。船が入んないし経費節約であまり取り換え

ないようになったからねぇ。以前のようじゃないが』

「そうっすか。てっきり忙しいと思ってましたよ」

『忙しいより、ロシア人を盛岡まで車で送って行ったぁが、ロシアに帰っから

乗せでったぁが。それで疲れだぁが』

なんで、ロシア人をと思いさらに聞いた。

「ロシア人を盛岡になんで乗せていったんすか?」

『なぁに、あれだ。函館から飛行機に乗って帰るから函館までどうやって

帰ればいいか教えてやったんだぁが。まずは盛岡からなっからな。

みやごからバスに乗んのにも分がんねぇべ。だがら、オラの車に乗せで

盛岡まで行って、駅の中に入って夜行列車の乗り方と時間を教えて

やったぁんだぁがよ。どっから乗るが分がんねぇずぅのぉで

教えてやったんだ。すげー疲れだぁが』

廻船問屋などとなると、他県から入った船の面倒などをみてあげる

ことは知っていた。大変だと思った。

『年寄りにはこたえんなぁ。盛岡までの車の中で何話したど思うや?』

「何話たぁすか?ロシア語を教えてもらったんすか?」

『ははは・・。おめー会話があまりなかったぞ。

あれほど静まりかえっての車内はつれぇぞ。精神的に疲れんが。』

「大変でしたねぇ。2時間もそんな感じだと自分もつらいっすよ」

雑談を数十分したあと、岸壁で別れた。

なんで、ロシア人を盛岡まで?と思ったでしょう。

実は、先週末までサンマの漁場がロシア海区で日本の船がサンマを獲るには

ロシアに許可をもらいそして船にロシア人を乗せなければならない

決まりがあっていわゆるロシア人の公務員です。

サンマの取り過ぎとかいろいろと船内などの監視として船に常駐し

給料も40万円くらい払うそう。日本のお金で40万円はロシアにしては、

ものすごく高くてかなり魅力なそうだ。

ロシア海区の許可には、小型船で1隻200万円払わないと許可をもらえない

ので大型船だともっと高い金額となる。

先週末までロシア海区でサンマを獲って北海道や本州に水揚げして

いたのでロシア人が乗っていたのです。それで、魚群が日本領に下がったので

もうロシア人が船に乗ることもなくなりそれで函館から飛行機でロシアに

帰ることになったそう。先週まで鍬ヶ崎には、ロシア人をみかけていたし

スーパーで買い物してたり、付近を散歩していたりしていた。

輸入の為に入ってくる貨物船のロシア人とはちょっと異色を放っていた。

昨年は、上半身裸で歩いていてビックリした。

ピーターアーツ似の顔だったので印象に残る。

今年のサンマ船には元気がまったく感じられない。

年柄なのかとそう思った。


 


2005/10/3(月)

退院後は、体の調子がまだ悪く仕事をすることすら

できなかったけど、日数が経つにつれて体力も回復し

おおよそ約1ヶ月ぶりくらいに、漁をすることができた。

今日の三陸沖は、時化で北風波が強くうねりも高くて

立っているのにもよたつけた。

しばらくぶりもあり、ボンデンが切られていて4本海底に沈没していた。

市場が休業の日曜日や祝日に、シマル引きにこなければいけない。

引っ掛けかたをするのには、大変苦労する。水深150メートル以上の海底に

指くらいの太さのロープを引っ掛けるのには並大抵ではない。

切られてもなんの補償もないので、ざっつぁますなのです。

あるボンデンの道具を上げると、かごが非常に汚れていて黒くなっていたので

サンスイをかけてかご網を洗った。

入っているのは、毛ツブなどで肝心のタコがそんなに入っていなかった。

餌を入れておかないと、魚を獲ることができないので

餌取りかえ漁となった。

漁をしていると、北からサンマ船が南下してきた。

宮古には入らず、南の港に向っていった。

おそらく釜石か大船渡だろう。まだ、漁場が北海道で本州には

サンマが南下してこない。例年としては遅い感じがする。

北海道からサンマを獲ってから全速で本州の港に水揚げしに来る。

宮古沖で灯りをつけて操業する時期は例年、11月中旬くらいから

となる。鮭延縄漁をしているとはるか沖合いで漁をしているのを

みることができる。南下したサンマ船を見ながら漁を再開。

餌を付け終わり帰港した。

13時過ぎに閉伊崎を横切ると、北オカから大型サンマ船が湾内に

入ってきた。北海道から時間がかかったのだろう。

湾内も時化て大波が岩にのっさげていた。

明日も出漁。